私、隼風(ハヤチ)は鹿児島生まれ鹿児島育ちの薩摩隼人です。
霊峰桜島を仰ぎ、山海川と恵まれた自然環境のなかすくすくと育ちました。小さい頃は桜島の火山活動が今よりかなり活発で、年中爆発し、噴煙をあげていました。夏場は桜島を中心にして西風が吹くことから、私の住んでいた鹿児島市は火山灰の洗礼をうけることが多く大変な思いをしたのを思い出します。そもそも、鹿児島の土壌はシラス台地により形成されており、霊峰桜島にエネルギーによる創造物であるのです。鹿児島の人々は太古の昔から桜島とともに生きてきたという証(あかし)であります。

 ここ10年来、その活動も実に穏やかで地域住民が体感できるほどの火山活動もなく不思議に思っておりましたが、ここ1〜2年はその活動も活発で降灰の影響を受けております。(2010年2月記)
以下の映像のような大規模な爆発が頻発しております。

 これは何か大きな自然災害の前触れか?と思い少々心配のハヤチであります。

 下記映像は桜島黒神地区にある黒神神社の『埋没鳥居』です。
大正3年1914年の桜島の大噴火によって、笠木部分を残して埋没した、黒神神社です。
正式には腹五社神社(はらごしゃじんしゃ)というそうでの今も当時の神社本殿は灰の下に眠っている
そうです。




 まさに自然の猛威。私の拙作ブログにも以前書きましたが私の祖母は明治生まれでこの時の状況を良く覚えていたそうです。爆発がおよそ1ヶ月にわたり続き、そのときの光景は「まるで花火よう」だったそうでそれが延々1ヶ月も続くとは大変なエネルギーであったようです。このときの噴火によって大隅半島と陸続きとなったのです。

 もともとは文字通りの錦江湾に浮かぶ孤島であった桜島はこの爆発で大隅半島と陸続きになった。
詳しくは参照。(この部分が溶岩)


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』






〈池田湖と開聞岳〉


 私が鹿児島の霊峰は桜島だけではありません。薩摩半島南端には開聞岳というすばらしいお山があります。
 別名『薩摩富士』ともいわれ、全国各地にある「〜富士」のなかでもずば抜けてすばらしいお姿をしたお山であると思います。
下の映像がそれです。鹿児島市方面からのベストショットです。

 開聞岳手前には枚聞神社(ひらききじんしゃ)がありその御神体ともいわれ、確かに御拝殿が開聞岳を拝むような形で配置されています。

 そして、この開聞岳と切っても切れないのが『池田湖』
 『開聞岳開が父なるお山であるならば『池田湖』は母なる湖
とでもいいましょうか、この2つの場所がセットで一つ。
南薩摩をお守りする御神体そのものではないでしょうか?


 周辺には天孫ニニギノミコトと妃神コノハナサクヤヒメの神話に由来する名所旧跡が点在する。